大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)4058号 判決
「被告等が訴外政太郎に本件家屋についての各自の賃料を支払つた当時、訴外政太郎は本件家屋二棟の所有者でも、また本件賃貸借契約の賃貸人でもなかつたのであるから、同訴外人に対する被告等の支払が本件賃貸借契約による賃料債務の弁済として効力を生ずるためには右支払が債権の準占有者に対する善意の支払として、弁済の効力があることが必要である。債権の準占有があるためには、債権者と称する者が自己のためにする意思をもつて権利を行使することを要するが、必ずしもその権利の存立を証明する必要はないのであるから訴外政太郎が現在も本件家屋二棟の所有者であると称して右家屋について自己の名義に相続による所有権取得の登記手続を済まし、原告等との間の訴訟においてその所有権の帰属を争い且つ被告等に対して自分が右家屋の所有権者であるから賃料は自分に支払われたい旨を告げて被告等から賃料を取立したのは、自己のためにする意思をもつて本件賃貸借契約による賃料債権を行使したものであると認めるが相当であつて当時、同訴外人は右賃料債権の準占有者に当る。そして被告等六名本人の各訊問の結果に徴すれば、被告等は法律知識に乏しく、賃貸物件の所有者と賃貸人が異る場合には賃料は賃貸人に支払うが相当であることや、賃貸人が何人であるかを知ることができないときは賃料を供託するが相当であることなどを知らなかつた為めに、右訴外政太郎の要求を聞いて本件家屋の登記簿上の所有名義人である間訴外人がその真の所有権者であつてその賃料は同訴外人に支払うが正当であると誤信して前認定のように同訴外人に賃料相当額を支払つたものであることを認めることができる。即ち、被告等は原告等が右賃料債権の債権者であることを知らず右訴外がその債権者であると信じて善意で右支払をしたものである。
もつとも、原告主張のように賃貸借契約は債権契約であるから契約当事者間に契約関係を生じ、賃貸物件所有者と賃借人間に契約関係を生ずるものでなくまた賃料債務は賃借人の賃貸人に対する債務で、賃貸物件所有者に対する債務ではないから、賃貸物件の登記簿上の所有権者が当時訴外政太郎であると表示されていたからと云つて、そのことだけで本件の場合賃料債権者が同訴外人になる道理はなく被告等が或いは本件賃貸借契約の賃貸人を同訴外人であると誤認し、或いは右賃料債権の債権者を同訴外人であると誤信したのは、明らかに被告等の過失であるけれども、民法第四百七十八条により債権の準占有者に対する支払が債務の弁済としての効力を生ずるためには債務者が善意で支払えば足り、無過失であることを必要としないので、前認定のように被告等が本件賃料債権の準占有者である訴外政太郎に対して善意で各自の賃料を支払つた以上、右支払は賃料の支払として有効である。」